一人旅、考えること

2021年1月21日木曜日

寝れないときによむ小説

 一人旅を年に1度はしていた。今はこんな時世だから出来てない。ウズウズするのである。


自転車で適当にこの道をまっすぐ行くか、ていうのもあるし電車で出かけてそこから徒歩か現地で購入した自転車で自宅まで帰ってくる、という最低限出発地か到着地だけが決まってるノープラン旅。


こういう旅の時、考えていることは何もない。

ホントぼーっとしてる。そもそも寝不足だからっていうのもあるけど、ケイデンスをあげる、歩幅をあげる、それくらいしか考えていない。


過ぎ去っていく景色、そして痛む足。標識が目に入る、後50km。そんなもんか、とどこか他人事みたいにすーっと情報が頭を抜けていく。


その繰り返し。

のどが渇いた。進みながら2ℓのアクエリアスを飲む。というのがときどき休符のようにインタラプトしてくる。


……



それだけ聞くと何が楽しいの?とギモンだろう。書いていて確かに何が楽しいの?と思う。


なんだろう。何が楽しくて毎年ノープラン旅に出ているんだろう。


一つ思い当たるものがある。

こういった旅を始めて2日目に自分の中の何かが変わるのがわかる、その瞬間にやみつきになっているのだ。


例えば日常生活で家の鍵をかけ忘れたかもしれない、としよう。

仕事や学校に行って、そういった不安が突然襲ってきたらすごく気になる。経験のある人も多いだろう。仕事や勉強が手につかなくなる。早く家に帰って確かめたくて仕方がない。


一人で旅行をしている初日、やっぱりそういう不安はよく感じる。

例えば買い物に行くときに自転車に荷物残していくのはまずい、とぜんぶ持っていったり、お店のロッカーを使ったりする。


しかし2日目からは自分がガラッと変わる。すごく明確に価値観がずれる感覚がある。

荷物を置いていっても死なないだろう、取られてもかまわない、と思うともなく自然に荷物を自転車に置いて買い物に行くようになる。


思うともなく。

それが大きい。だからなんだというんだ、という本能に忠実になる。持ち物が盗まれてそれで終わる旅じゃないだろう、と本当に大事なこと以外にものすごく無頓着になる。


普段、家のカギ閉めたっけ?とかあれ今券売機に何円札入れたっけ?おつり取り忘れてないよな、とか考えてしまう小心者のぼくとしてはこの、大胆不敵な精神状態がすごく心地いいのである。


確かに鍵を閉め忘れてどろぼうに入られたとて死ぬわけじゃない、券売機に1万円入れておつり取り忘れたとして死ぬわけじゃない。本来どうでもいいことなのである。

つまりは一人旅をすると一段判断基準が下がる。安全に暮らす、というのが通常モードだとすれば旅行中は、それでぼくは死ぬのか、という一点のみになる。

死を意識できるノープラン旅。ぜひみなさんも。

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