朝日を感じる回数

2021年3月26日金曜日

寝れないときによむ小説

実際に朝日を浴びることって人生に何回あるんだろう。

家にいるとき、本当の朝日を身に受けることなんてたぶんない。目覚ましで起きてもう高くなった日の光を窓から感じるだけ。

元旦に朝日を見るために山に登る人、神社に行く人、それくらいなんじゃないだろうか。そうなると一年に1回。人生で100回もない。


一人旅をしていた時、そして野宿になってしまったとき、9時には就寝し、1時間おきに起きる。起きたいんじゃなくて起きてしまう。

寒いし、湿気がすごいし、かすかな車やバイクの音で起きてしまう。

時計を見てまだ2時か…。まだ3時か。


そんな風に長い夜を過ごす。


そして4時を迎える。


4時というのは野宿では特別な時間。

夜だけど夜じゃない、そんな夜と朝の境目の時間。


4時。真っ暗な中、公衆トイレの洗面所で歯磨きをする。寒さで震えまくる体をなんとか落ち着かせ、そしてその震えを利用して半ば電動歯ブラシのように歯を磨く。

そして顔を洗い、就寝前に目星をつけておいた自販機であっつあつのコーヒーを買う。だいたい2本。1本では体が温まらない。1本はコーンポタージュやおしるこでもいい。


4時半。

空が白み始める。

早起きの人が散歩したり犬の散歩をしたり。さっきまで死んだような街が意外なほど活気づき、静寂続きだった夜を思うと音にあふれているようにさえ感じる。


野宿をしていた場所に戻り、ゆっくりと旅立ちの準備を始める。すべての持ち物が朝露で濡れている。手が滑る。

そして一秒一秒を感じられるくらいに白みを増す風景。


急に眼を刺激する光。

同時に体全体が暖かさを感じる。湿気が靄を出しながら昇華されていくのが目に見えるよう。日の出。


こりゃ人間以外の動物が日の光のもとで行動するわけだ、というのがただそれだけでわかる。暖かい。とにかく暖かい。この光を浴びるだけで生きる気力が湧いてくる。


教科書では知っていた、地球っていうのは太陽とちょうどいい距離にあるから生命に満ちた芳醇な星になった、と。

でもそんなのまったくこれっぽっちも実感できてなかった。


でも一人旅、野宿。

湿気でぐちゃぐちゃな体、寒さでコーヒーを2本飲んだ体、それでも寒さを感じる体で朝日を浴びる。それだけで、ああ、あの知識は間違ってなかった、と即座に実感できる。

アリも、犬も、ナマケモノも、ずっと当たり前のように知ってたことを今ぼくは本当の意味で知る。感じる。


ただ知識として知ってることと、自分自身が感じたことには大きな隔たりがあると思う。

ただたった一日、朝日を浴びる。それだけなのに高校3年間の勉強より大きなものを知れたように思う。

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