精神的食パン限界値

2021年9月16日木曜日

寝れないときによむ小説

食パン6枚切りを選べる人をぼくは心底尊敬する。


ああ、なんて計画性のある方なんだ、と。もし僕が結婚するならだんぜん食パン6枚切りを買う人にしたいし、もし結婚相談所のお節介にかかることになったら開口一番「食パン6枚切りを選ぶ人!」と声高々に宣言するだろう。


いや、すごいじゃん。食パン6枚切りを選ぶその度胸。肝が据わってる。

ぼくなんてもんは5枚切りしか選べない。小心者と笑ってくれ。それでもぼくは食パン5枚切りしか選べない。


そもそも食パンを買う段階でだいぶ博打なんだよな。

なんとなくスーパーに行って、「あれ?なんか今ぼく食パン食いたいキ・ブ・ン♪」と気持ちルンルンになって食パンを買うわけじゃん。食パンなんてだいたいそういうもんじゃん。そういう場当たり的な出会いじゃん、食パンなんて。


んで、そこでよ。

6枚切り買うスゴさ。


今は食パン食べたい口かもしんないよ。そりゃ。この刹那はさ。

家帰ったら当然そのルンルン気分の延長で食パン2枚くらい食べるよ。そりゃ。んでもそんな全部なんて食べれっこないじゃん。なんたって食パンだよ?食べるためのパンってどんな名前なん?と思っちゃう食パンよ?

んじゃカレーパンは食べるための食パンじゃねえってのかい?と江戸っ子出てきちゃうじゃん。あれはするってぇと、なんでぇ、飾るためのぱんなのかぇっ!?つって。


おう、脱線した。

そう食パンなんて一度に食べれてせいぜい2枚が限度。大事なのがこの時6枚切りだろうが5枚切りだろうがその厚さに関係なく、枚数でだいたいリミットが決まっているという点だ。

不思議なことだが事実なのだ。量ではなく枚数で決まっている。物質的な限界というよりより精神的なものなのだろう。

いうなれば精神的食パン限界値というのが人間だれしも決まっているわけだ。そしてぼくの精神的食パン限界値が2枚だったという事。


……



ふーん、んじゃもし1枚切りの食パンがあったら?とかいう屁理屈は聞かない。


とりあえず2枚しか食べれない。それが食パン。いや、ザ★食パン。

そんな食パンをよ、6枚切りで買ってた日には2枚食べても4枚も残るわけじゃん。食パンの寿命なんて儚いもんじゃん。あの寿命の短さで定評のあるセミより短い。

そんな短命な食べ物をあと4枚もストックとして残し続ける精神的負担。一回にマックス2枚しか食べれないから最短でもあと2日は食パンに割かないといけない。


ちょっと精神の弱い子ならうつ病になっちゃうよ、こんなの。

ぼくは自慢じゃないけれども精神の強さだけは昔から定評があるからなんとか大丈夫だけれど。


5枚切りなら2枚食べたら残り3枚。

最悪食べきれなかったら1枚は冷凍すればいい、という逃げの一手も完備しつつの残り3枚。どうだろう、3枚と4枚の精神的負担の違い。月とスッポンだろう。

もう今後月とスッポンをを食パン5枚切りと6枚切りと表現しても差し支えないくらいに月とスッポン。


だからこそ。

ぼくは食パン6枚切りを大胆にもスーパーのカゴに放り込める人を心の底から尊敬するのである。

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