アジアという語感

2021年9月16日木曜日

寝れないときによむ小説

アジア。


あんまり自分自身がアジアに生きているという認識なんて普段はない。

でも日本はまごうことなきアジア圏。


海外製のアプリやゲームをやるとヨーロッパ圏、アジア圏などの選択をすることになり、そこでようやく認識する。


ああ、ぼく(わたし)ってアジアに住んでるのか、と。


アジアという語感。

ものすごいいい。個人的に好き。


ヨーロッパと聞くとなにか洗練された街並みや世界観、最先端と古きを両立する感じがイメージされる。アメリカと聞くとやはりそこには自由のイメージが強い。あとなぜか砂漠の砂っぽさもある。

そしてアジア。


アジアと書いてカオスと読む。くらいに混沌としたイメージがある。それがすごく心地いい。暗黒大陸みたいなもんなんだろう。ヨーロッパやアメリカからすれば。

何があるかわからない、どうなってるかわからない、それこそ地の底に伸びる回廊があってもおかしくない人智の及ばない地。それがアジア。


めちゃめちゃカッコいいじゃん。

実際アジアってひとくくりにできる地域じゃないと思う。ヨーロッパの諸国の認識がどうかは知らないが日本に住んでいて東南アジアを同じアジアと認識することなんてほぼ稀だろう。

多様性、そんな言葉が一番似合う。


何があってもいい、何かがある、そんな期待を抱かせる”アジア”という言葉。語感。

すんごいカッコいい。例えるならワイルドカード。


新しいものはいつもワイルドカードから生じる。異分子、認識外の存在。日本という国に生まれて、そしてアジアという生息圏に生まれたのがすごくいい事に思う。

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